高価買取作家
賀集珉平
1796年 庄屋三郎兵衛友治の子として生まれる
1829年 開窯
1832年 尾形周平に弟子入りする
1839年 藩窯の許可が下り、御用陶器師・勝瑞珉平の称号が与えられる
1861年 賀集三平藩の御用陶器所監督補佐役を務める
1866年 賀集珉平窯経営から身を引き個人窯を作る
1867年 土井忠四郎、三平と共同で珉平窯経営
1868年 亀谷焼、洲本在藩士福田某が藩士長浜由吉の出資を受け開窯
1870年 76歳で死去
賀集珉平の生まれは1796年。本名は惟一といい、幼名は豊之助といいました。
文政の初め、京焼の陶工尾形周平と出会い、作陶への精神が合致、二人は意気投合しました。郷里の淡路に窯を開くこととなり、初期には黄南京写や京焼風の陶器などを作りました。その後、試行錯誤を重ね、珉平焼を発案。大きな話題と名声を手に入れ、希代の作家として名を馳せることとなったのです。
江戸後期の淡路島の南端、三原郡伊賀野村で作られていた珉平焼。尾形周平を招いて京焼のテイストをミックスして作られるこの焼物は、色調が鮮やかなものが多く、赤、黄、緑いろなどが特徴的です。
阿波徳島藩の御用窯として名を馳せていたことからも、関西以西の陶芸界に大きな衝撃を与えた作家として現在でも名を残しています。
晩年には経営から退き、個人窯を築いて作陶に励みました。
しかし、現在では白土が取れなくなり、後継者がいないので珉平焼は廃れてしまいました。
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