高価買取作家
後藤一乗
1791年 生まれる
1799年 八郎兵衛謙乗の養子となる
1801年 半左衛門亀乗に師事する
1805年 後藤八郎兵衛家6代目の家督を相続する
1811年 光行と改名する
1820年 光代と改名する
1825年 法橋に叙せられ、一乗光代を名乗るようになる
1862年 孝明天皇の御剣金具を制作する
1863年 法眼の位を与えられる
1876年 10月17日、逝去
後藤一乗(ごとういちじょう)日本の幕末から明治にかけて架けて活躍した刀装金工。後藤家の掉尾を飾る名工として知られる。
数々の名作を生み出しつづけていた彫刻界の重鎮でもあり、その功績は現在でも高く評価され続けられています。
後藤家の分家,後藤七郎右衛門家4代目重乗の次男として京都に生まれた後藤一乗。
11歳の頃には半左衛門亀乗に師事をしており、数々の作品作りの基礎などを学んで行きます。
才能があった事が認められたのか、15歳という若さでありながらも八郎兵衛家6代目の家督を相続。
八郎兵衛光貨という名で、顔となり制作活動を始めました。その後も、号を変化させながらも質の高い製品を生み出しつづけており、江戸の宗家四郎兵衛家の加役である大判の墨書書き改めや分銅の製作などの京都における業務を分担しました。
34歳の時に法橋に叙せられる事となり,これ以降一乗光代を名乗って活動を続けることとなります。
後藤家が持ち合わせている伝統的な技術をしっかりと引き継いでおり、作品は刀装具全般を中心に行っていた事でも知られています。
伝統のある後藤家の中でも、その感覚は非常に自由であり、なんと松本謙斎に絵を習事もあり、花鳥や風景を題材にした写生風な作風で絵画作品も残していると言われています。
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