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尾形乾山

1663年 京都で生まれる

1687年 父宗謙が逝去

1689年 仁和寺の南に習静堂を構える

1712年 京都市内の二条丁子屋町に移住する

1731年 江戸に移り住む

1737年 下野国佐野で陶芸の指導を行う

 

 尾形乾山は江戸時代を代表する陶工、絵師です。代表作は「金銀藍絵松樹文蓋物」や「銹藍金絵絵替皿」があり大胆かつ繊細な作風で人気を博しています。陶芸は野々村仁清の色絵陶器に感化を受け師事し、絵は光琳に学びました。

 

 尾形乾山は京都の呉服商、雁金屋の三男として生まれ、6歳年上の兄は装飾画派の大家でもある尾形光琳です。 

 1689年に仁和寺の南に習静堂を構え、参禅や学問に励みました。この仁和寺門前には野々村仁清が住んでおり、陶芸を師事しました。

 

 37歳の時、二条綱吉から京都の北西・鳴滝にある泉谷の山荘を与えられた為ここに窯を開き、ついに本格的な作品作りを始めます。

その場所が都の北西(乾)の方角あたることから「乾山」と号し、出来上がった作品に記しました。押小路焼の陶工孫兵衛等が、この乾山の窯で働いていた事もあり、乾山窯独特の作品が数多く生まれていきました。

 

 二条丁字屋町に移った後は、共同窯を使って世間受けする食器類を作り出し、それにより世間に乾山の名が広まって行きます。ここでは約20年間暮らし、乾山が器を作り、兄の光琳がそこに絵を描いた兄弟合作の作品も多く作られました。

 

 輪王寺宮公寛法親王の知遇を得た後、入谷に住み、入谷乾山と呼ばれ、また後に下野国に招かれて、佐野乾山と呼ばれることとなり、両土地の作品もまた価値の高いものと言われています。

 

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